日本企業は、多くの場合、米国子会社に対する米国訴訟に巻き込まれないか心配しています。米国の原告が日本親会社に対する裁判管轄をその子会社の行為を基礎に認めさせるのは難しく、これは日本企業にとってよいニュースです。他方、日本親会社に対する裁判管轄は、本来あるべき姿よりも多くのケースで認められているという悪いニュースもあります。本アラートでは、この問題について重要な指針を提供した最近の事件である、Miami Products & Chem. Co. v. Olin Corp., 2020 WL 1482139 (W.D.N.Y. 2020) についてレポートします。

Miami Products事件

Miami Products事件は、苛性ソーダの購入者らが苛性ソーダの大手生産者ら及びその親会社らに対して提起した訴訟です。原告らは、被告らの全てが苛性ソーダの価格を維持し供給を制限するために共謀したと主張しましたが、彼らの主張は主に米国の生産者らの行為に焦点を置くものでした。特に、原告らは、取引組合での会合の後、米国の生産者らが同時に、かつほぼ同じ価格をアナウンスしたという点を主張していました(Miami Products 2頁)。

このアラートでは、被告信越化学工業株式会社による請求却下の申立て(motion to dismiss)について説明します。信越化学は、被告となった米国の生産者らの1つであるShintech Inc.の日本親会社でした。信越化学は、原告らが「信越化学による特定の行為」を主張しなかったことから(同28頁)、裁判所には信越化学に対する人的裁判管轄がないと主張しました。これに対し原告らは、とりわけ、信越化学はShintechの行為に基づき裁判管轄に服すると反論しました。

法人格の否認(Piercing the Corporate Veil)

親会社は、通常、その子会社の行為に責任を負うことはありません。連邦最高裁判所が述べたように、「親会社がその子会社の行為に責任を負わないというのは、我々の経済及び法システムに深く根付いた企業法上の一般原則です」(United States v. Bestfoods, 524 U.S. 51, 61 (1998) (内部引用略) )。そのため、「(親会社をその子会社の行為により)拘束するためには、企業関係だけでは不十分です。」(De Jesus v. Sears, Roebuck & Co., 87 F.3d 65, 69 (2d Cir. 1996) (引用略) )。

しかしながら、一定の状況下では、裁判所は親会社と子会社が有する別個の法的地位を無視し、「法人格を否認(pierce the corporate veil)」することができます。ニューヨーク州法の下では、(1)争点となっている取引に関し親会社が子会社を完全に支配し、かつ(2)かかる支配が法人格の否認を求める当事者に被害を与える欺罔行為又は不正行為を行うために用いられた場合に、裁判所は法人格を否認することができます(Miami Products 18、19頁 (他の事件を引用) )。

この基準は、親会社の責任を認定する場合ではなく、親会社に対する裁判管轄を認定する場合には緩やかになります。裁判管轄に関しては、米国の子会社が親会社の「殻(shell)」であることを立証すれば足ります(同29頁)。この点の判断について裁判所は、子会社について、独立企業として必要な手続を遵守しているか、独立した運営がなされているか、十分な資本を有しているか、資金が混同されているか、オーナーシップ、取締役、役員及び従業員が親会社と共有されているか、並びに親会社のオフィス、住所及び電話番号を使用しているか、といった様々な要素を考慮します。これらの要素又は要素の組合せのうち、どれか1つが決定的に作用するということはありません(同)。

裁判管轄の基礎の不存在

Miami Products事件で原告らは、信越化学がShintechの株式の全てを保有しており、両者の経営陣は共通しているという証拠を提出しました。信越化学の取締役会長はShintechの取締役会長を兼任し、信越化学の社長はまたShintechの社長を兼任していました。実際、同社長は1983年からShintechに勤務し、Shintechが本社を有するヒューストンに家を所有していました。

原告は、自らの主張を強化するため、Shintechのウェブサイト及び信越化学の年次報告書の記載を指摘しました。Shintechのウェブサイトには、「Shintechは信越化学の完全子会社となり、(信越化学の代表取締役会長が)Shintechの経営を完全に管理する権限を得ました」との記載がありました。Shintechのウェブサイトの「本社」というページには、信越化学の代表取締役会長及び社長の名前のみが言及されていました。信越化学の代表取締役会長は、年次報告書の株主宛てのメッセージの中で、よくShintechを強調していました。

裁判所は、これらの事実は法人格の否認を保証するものではないとしました。とりわけ、信越化学によるShintechの完全所有及び両者の経営層の重複という事実だけでは、両者が互いの分身(alter egos)であるとするには不十分であると述べました(同30頁。ニューヨーク州の事件を引用)。親会社に対する裁判管轄が認められるためには、原告は、親会社が子会社をただの殻(shell)として用いていることを示さなければなりません(同29頁)。

裁判所は、ウェブサイトの各記載もまた説得的ではないとしました。裁判所は、これらの記載は自らをどのように世間に見せるかについてのShintechの選択を示すものに過ぎず、信越化学がShintechの経営又はマーケティング活動を支配していることを示すものではないと指摘しました(同30頁)。裁判所はさらに、原告らは、Shintechが独立企業として必要な手続を遵守しているか、その資金が信越化学と混同されていないかといった各点を主張しておらず、またShintechが財務的に信越化学に依存している点を示す事実についても主張していないと指摘しました(同)。

裁判管轄立証のためのディスカバリー手続を命令

裁判所は、信越化学に対する裁判管轄を認める根拠はないとしたにもかかわらず、信越化学の却下請求を認容しませんでした。その理由として裁判所は、事実に関する資料を揃える機会を与えられれば、原告らは裁判管轄を立証できるかもしれないと述べました。そして裁判所は、原告らによる裁判管轄立証のためのディスカバリー手続の申立てを認容し、信越化学の却下申立てについては、同ディスカバリー手続後の変更を認めるとした上で棄却しました(同31及び32頁)。

ベスト・プラクティス

日本企業は、自らの行為により米国の裁判管轄に服することになる点になお注意するべきです。しかしながら、Miami Products事件における議論は、これと異なる状況に焦点が置かれていました。すなわち、同事件では、米国の原告が、日本企業に対し、同企業自身の行為ではなく、その子会社の行為により裁判管轄を成立させようとしていました。このような事態を防ぐため、日本企業は次のベスト・プラクティスを検討するべきです。

  • 親会社は子会社を手続に則って設立し、また子会社はコーポレート・ガバナンスの要件を全て遵守する。
  • 子会社は全ての企業活動に関する記録を保管し、会計資料を常にアップデートし、定期的に監査を受け、納税する。
  • 子会社は、契約書への署名のための承認手続を有し、そうでない場合には自らの名前でビジネスを行う。
  • 親会社は、子会社のマーケティング・経営ポリシー、又は子会社の日々の運営を完全に支配しようとしない。 
  • 子会社は自らの銀行口座を有し、資金を混同させない。
  •  親会社・子会社間の取引は全て適切に書面化され、対等な関係(arm’s-length)で行われる。 
  • 子会社はその活動に十分な資本を有している。 
  • 理想的には、子会社は、親会社とコンピューター・システム又はEメール・アドレスを共有しない。 

上記の各点について追加の情報又はアドバイスが必要な場合には、以下のヒューズ・ハバードの弁護士にご連絡ください。

Seth D. Rothman | Partner 
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Shigeki Obi | Associate
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